それだけでは”勉強”ではありません。
問題を解いた後、丸を付けて、わからなかったところや間違ったところに正しい答を赤で書き入れる。この一連の作業を”勉強”だと勘違いしている生徒がとても多いように感じています。学校で、あるいは家庭でも、そうすることが勉強だと教えられているからと思います。問題を解くことや、その答合せをすることは、確かに勉強の一部ではありますが、本質ではありません。問題を解いてその答合せをすることは、現状の自分の実力をチェックしていることに他なりません。現状の自分の実力で、できるのかできないのか、それを見極めただけ。大切なのはそこからです。できなかった問題を次にはできるようになるためにはどうすれば良いのか。教科書を読み返すのか、先生に聞くのか、何度も繰り返して覚えてしまうのか。それを考えて実行することができて、初めて、”勉強”ということになります。ところが、問題集やプリントをやらせると、ちゃちゃっとやって、答合せをして、「はい、できた!」という感じで、渡された課題を目の前から消し去ることが目的のような生徒が多いのです。彼らにとっては、一通り問題をやって答合せをしたら、”クリア”あるいは”コンプリート”なんです。提出課題であれば、提出できる状態にしたという意味で確かに”クリア”なのは間違いありませんが、それだったら、答を最初から丸写ししたのと結果はさほど変わらないことになります。まして、提出を求められていない塾のプリントなんて、一通りやるだけならほとんど意味がありません。できなかったところや覚えられていなかったところを解決することができて、初めて、そのプリントが”コンプリート”されたことになるのです。この理屈を理解できるようになれば、勉強の質がぐっと上がってきます。受験が近くなると自然に理解してくるようですけれど、できればもっと早い段階から理解できるように、言い続けるしかありません。ランキング参加しております。読み終わりましたら、ぽちっ!とお願いいたします。まったく身勝手なお願いではございますが、ぜひぜひ皆さんのご協力をお願いいたします。↓ぽちっとクリック!
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